
イーモが明かすノウハウ
政策当局は強い危機感をもち、公的資金の投入によって不良債権を抜本的に処理することを考えていた。
しかし、公的資金の投入は世論の支持を得られず、不良債権の処理ができないままに10年を失ってしまう。
もし90年代はじめに公的資金の投入という抜本的な処置によって不良債権を解決していれば、日本の失われた10年はなかっただろう、というものである(たとえば、N)。
このような議論にはなんの根拠もない。
まず、第一に、世論の反発は銀行を救うことに向けられたのであって、預金を保護することに対してではない。
したがって、債務超過に陥った銀行を整理し、預金だけを保護するのであれば、世論の反発が強かったとは思えない。
すべての人が預金をもっているのだから、銀行がけしからんという人はいても、けしからん銀行に預金した預金者が悪いという意見が世論になるとはとうてい思えない。
もちろん、債務超過の銀行を早期に処理したところで、景気が順調に回復したとは思えないが、その後の追い貸しはいくらかは防ぐことができ、不良債権処理に使う税金の幾分かは節約できた。
しかし、その効果が失われた10年を救うほど大きいとは思えない。
第二に、建設業に100兆円以上つぎこんでも景気が持続的によくならなかったのに、銀行業につぎこめばよくなるはずだという証拠が必要だが、ここで述べたように、銀行が経済活動に決定的に重要な役割を果たしている証拠はどこにもない。
第三に、不良債権がバブルでつくられた過去完了形のものであるなら、90年代はじめに処理すればそれで終わりになるだろう。
しかし、不良債権は、90年代のデフレで生まれた現在進行形のものである。
旧日本興業銀行〜2001〜も、そう主張している。
物価下落のもたらした不況と物価下落それ自体が、所得を減らし、地価を引き下げたからである。
デフレの阻止は、進行形の不良債権を押しとどめるためにも必要である。
要するに、大停滞が不良債権による銀行機能の低下によって生じたものであるという主張にはなんら根拠がないので、金融政策の誤りこそが大停滞をもたらしたというの主張を修正する必要はなさそうだ。
N銀行は、戦後の混乱からほぼ抜け出た過去50年弱のあいだに6回、金融政策を誤っている。
まず、70年代の初期と80年代の後期の過大な金融緩和の誤りは、景気刺激を求める政府の圧力によって生じたとされている。
ただし、87年のブラックマンデーのショックが落ち着いたあと、88年以降においても景気刺激を求める政府の圧力が本当にあったのか疑問である。
90年代からはN銀行が独立性をとりもどした時代と評価されるが(実際に日銀法が改正され、法的な独立性を得たのは98年からだが、90年代はじめには大蔵省はバブルの失敗によってN銀行に圧力をかけることが難しい状況になっていた)、その後の10年余のあいだに、日本銀行は4回まちがっている。
90年代はじめの金利が高いうちに早期に金融緩和をすべきであったこと、95年の円高を阻止すべきであったこと、97年末の金融危機時に、より大胆に金融緩和すべきであったこと(98年、99年と金融危機のあとに円高になっているのは異常なことである。
どこの国でも、金融危機のあとには為替が下落するのが通常である)、2000年8月にゼロ金利を解除するべきではなかったこと、である。
独立性の弱い時代には40年間に2回の誤り、強い時代には10年間余に4回の誤りである。
独立している時代のほうが、誤りの大きさは小さいとしても誤りの打率は高い。
N銀行が金融政策を誤るのは、名目の金利を重視し、実質の金利や物価を重視しないからである。
景気の悪いときに名目の金利が低下するのは当然で、あるべき金利の水準を維持しようという金融政策を行ったのでは、思わぬデフレ的ショックがあったときに景気をさらに悪化させてしまう。
名目金利の安定にこだわりすぎるN銀行N銀行が金融政策を誤るのは、景気を見誤ることによってだけではなく(景気予測を誤るだけなら、たいていのエコノミストと大して変わらない)、低い金利を好ましくないと考え、金利を安定させようとするからである。
実質成長率が1%、消費者物価で計ったインフレ率がマイナス、民間企業がバランスシー卜調整に取り組んでいる状況下の名目短期金利がゼロになることは、これまでの世界経済の事例から考えれば、「異例」でも「異常」ではない。
むしろ、長期のゼロ金利政策を続けることによってこそ、物価上昇期待が生まれ、そこから金利が次第に上昇し、「正常」な金利が生まれることを認識すべきだろう。
物価上昇率が3%のときの5%金利と、物価上昇率がマイナスのときの5%金利とはまったく別物である。
物価上昇率が高く、景気がよければ、金利は自然と上昇する。
デフレ下で実質成長率が低ければ、名目金利が低いのは当然である。
主要国の名目GDPの上昇率と名目長期金利を見れば、金融自由化の進んだ80年代以降では名目GDPの上昇率と名目長期金利が連動している。
N銀行が名目金利の安定にこだわるのは、国債価格の安定にこだわるからである。
金利が安定していれば、国債価格も安定する。
日本の銀行の多くが、大停滞期のなかで貸し出し需要の低迷に悩み、その結果、74兆円(2001年3月末、N銀行「資金循環勘定」)という多額の国債を保有することになった。
ここで、デフレ脱却のために消費者物価を2%上昇させるというインフレ目標政策を採用し、量的金融緩和政策を持続していけば、長期金利ははじめは低下するが、やがてインフレ予想の高まりとともに上昇していく。
その結果、国債価格は下落する。
もちろん、これは物すなわち、不況は、貯蓄が過大で投資が過小という経済構造によるものであって、金融緩和によって、この構造を変えることはできない。
無理に変えようとすれば、80年代末のよも、日本経済全体の貯華論があるかもしれない。
以上述べてきたことについて、90年代の低成長が金融政策の誤りによって生じたとして日本経済全体の貯蓄投資バランスを金融政策によって変えることはできない、という反価が上がる結果であるので、名目の売り上げが増大するなかで起きることである。
したがって、水面であっぷあっぷしていた企業は浮かび上がれる。
銀行からいえば、要注意債権が健全債権になるわけだ。
しかし、銀行によっては、国債価格の下落効果が、貸出債権の健全化効果よりも大きいこともあるだろう。
N銀行が、このような銀行を救いたいと思っていれば、金融緩和政策は採用できない。
貸し出しをせず国債ばかりもっている銀行は、日本経済のためには役に立っていない銀行である。
そのような銀行が破綻しても、日本経済になんのマイナスにもならない(このことについては、あとで詳述する)。
むしろ、このような銀行が破綻することこそが最大の構造改革である。
90年代、日本が停滞していたとき、日本の主要な投資先であるアメリカは完全雇用だった。
日本で雇用が停滞していた主な要因は、あとで述べるように、過度の金融引き締め政策によって物価が下落し、それが名目賃金の硬直性と衝突して実質賃金を高めたこと、あとで述べるように、物価下落期待が支出を先延ばしさせたことである。
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